諜報謀略講座 〜経営に活かすインテリジェンス〜

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・インテリジェンスの定義

 定義しよう。インテリジェンスとは、「個人、企業、国家の方針、意思決定、将来に影響を及ぼす多様なデータ、情報、知識を収集、分析、管理し、活用すること、ならびにそれらの素養、行動様式、知恵を総合したもの」である。

 インテリジェンスの活動にはいくつかのカテゴリーがある。最初に「基本動作」として、公開されているデータ、情報、知識を哨戒し、丹念に読み解く作業がある。専門ジャーナル、新聞、週刊誌、月刊誌、白書に加え、インターネット上で公開されている情報につぶさに当たり、意味を紡ぎだす。地味だがこの基本動作が大切である。

 次に「諜報」がある。どの国、企業、個人にも、なんらかの背景があって外部や特定の相手に知られたくない情報や事情が必ずある。その情報や事情を意図的に探り、評価し、知識に変えていく作業を諜報という。

 諜報にいそしむ相手側に対して防御的な対応を施すことを「防諜(カウンター・インテリジェンス)」という。防諜には大きく二種類ある。守秘すべきものを守秘する、機密事項は内部から漏洩しない、させないという姿勢を「消極防諜」という。ビジネスの世界でいうセキュリティーに近い。一方、敵が仕掛けてくる諜報謀略を探知し、それを逆に利用し、偽の情報を流して敵を混乱させる、仲介者などを活用して虚偽情報を作為的に流すことを「積極防諜」という。

 さらに諜報と防諜を組み合わせ、情報や知識を意図的に操作し、当方の企図する成果を実現することを「諜略」という。諜略のプロセスは通常、外部に対しては秘匿される。したがって秘密裏に画策される謀略は「陰謀」と呼ばれる。陰謀についてはその重要性に鑑み、いずれ詳しく議論していくのでここでは触れない。

 米国のインテリジェンス教育にはいくつかのスタイルがある。一つは、Master of Science in Intelligenceの学位が取得できる、インテリジェンスを専攻する学位コースである。それから、軍事学経営学、技術経営、安全保障論、公共政策学などの専攻コースの中でインテリジェンス科目を提供するスタイルもある。

 筆者が専門とする「技術経営(Management of Technology)」の中には、技術インテリジェンス(Technology Intelligence)や競合的インテリジェンス(Competitive Intelligence)という領域がある。これらの領域では、技術動向分析、競合企業の技術動向に関する諜知、諜報、謀略、陰謀などを学問的に考究している。

・ナレッジからインテリジェンスへ

 今から30年以上も前に、ピーター・ドラッカーは「知識がいまや先進的かつ発展した経済における中心的生産要素となった」と書いた。知識社会では、知識を創造し、共有し、発信し、活用し、還流させる組織や人が経済的メリットを享受する。知識社会とは知識を中心にして、富が形成、所有、配分されて社会経済が動く社会である。知識社会で知識を活用して働く労働者がナレッジワーカーだ。

 確かに、技術、ノウハウ、コンセプト、デザイン、ブランド、社会的資本は重要な知的な資産だ。だから、物理的資源ではなく、知識に着目して自社の経営資源を捉えなおし、自社独自の知識資産を構築せよ、と最近の経営学や組織論ではよく言われる。そして次のような提言が付いてくる。いわく、「対話の場を作りましょう」、「知的なサロンを会社に作りましょう」、「自律分散的に働く知的なプロフェッショナルを育成しましょう」、「先進的なIT(情報技術)を活用して知識創造の場をバーチャル空間に作り、電子井戸端会議を開きましょう」、「ワイガヤを復活させましょう」といった具合である。

 この手の話はだいたい最後のほうに哲学者の言葉が引用される。たとえば、アリストテレスを引きながら、「すべての人は生まれながらに知ることを欲しているのです。この人間の本質を大切にする経営をしましょう」と締めくくられる。

 御説、ごもっとも。知識創造やらナレッジクリエーションという言葉はビジネスパースンの琴線に妙に響く。講演会でこういう話を聞くと、仕事にかまける勉強不足の輩は、ああそうか、とついつい思ってしまうものだ。無論、知識は大切なものであり、この講座でも扱っていく。ただし、主に議論するのは、インテリジェンスについてである。これに対し、知識経営論はナレッジを主たる対象にする。

 顧客、市場の動きは企業の技術経営に連関する。そして企業の技術経営は、一国の科学技術政策に共進する。そして企業レベルの技術経営と国レベルの科学技術政策は、国際コミュニティーの機微に連関、連動する。相互に影響を与え合うこれらの動きを複雑な生命体として眺めれば、その神経系の中に流れるものがインテリジェンスである。

・データ、情報、知識、知恵の違い

 さて、データ、情報、知識、そして知恵という言葉は日常会話でも頻繁に用いられるがここで一定の定義をしておく。すなわち、データはそこにあるだけでは効用を生まない。データに意味が加わってデータは情報となる。意味を加える作業は、意味づけ、吟味、解釈と言い換えられる。そして情報の束に構造や構えが加えられて知識となる。この振る舞いを構造化、編集と言ってもよいだろう。さらに、知識の構造や体系に普遍性が付与されると知恵となる。データはそれ自体からは効用は生まないが、情報、知識、知恵は効用を生む。思考の枠組み、普遍性を求める人間に対して提供されるソリューションとして、宗教、思想、哲学がある。

・細分化が進むインテリジェンス

 インテリジェンスにおいては、多様な知や知の素材を扱う要請が強い。主としてデータや情報の収集手段を軸にして便宜的に次のように分類される。

(1) オシント(OSINT;Open Source Intelligence):
新聞、雑誌、公開企業の財務諸表、営業報告書、学術論文など、一般的な活字媒体やインターネットから得られるデータ、情報、知識。ソースコードが公開されているオープンソース・ソフトウエアも含まれる。

(2) ヒューミント(HUMINT; Human Intelligence):
人が人に接触して収集するデータ、情報、知識。相手の経歴、身体的特徴、思想傾向、雰囲気、性癖、言語化されない暗黙知も含まれる

(3) シギント(SIGINT; Signal Intelligence):
通信、電磁波、信号などを傍受して収集されるデータ、情報。シギントはさらに以下のように分類される

コミント(COMINT: Communication Intelligence):
通信傍受や、暗号ならびにトラフィックの解読によって得られるデータ、情報
・エリント(ELINT: Electronic Intelligence):
レーダーなど非通信用の電磁放射から得られるデータ、情報
・アシント(ACINT: Acoustic Intelligence):
水中音響情報などによる潜水艦、艦船および水中武器の音響から得られるデータ、情報

(4) イミント(IMINT: Imagery Intelligence):
航空機や偵察衛星によって集められる画像的データ、情報

(5) テリント(TELINT: Telemetry Intelligence):
開発実験や訓練活動の際に発信される信号(テレメトリー)から得られるデータ、情報

 日本軍に内在する行動原理を究明する試みとして、名著『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著、中公文庫)においては、先述した個々の作戦行動を敷衍して鋭い分析がなされている。同書には次のように書かれている。


 日本軍の戦略策定は一定の原理や論理に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向がなきにしもあらずであった。これはおそらく科学的思考が、組織の思考のクセとして共有されるまでには至っていなかったことと関係があるだろう。たとえ一見科学的思考らしきものがあっても、それは「科学的」という名の「神話的思考」から脱しえていない。

 この本が提示するのは、戦後の日本組織一般も日本軍の体質を濃厚に継承しているのではないか、という根源的な、しかも鉛のように重く暗い仮説である。同著がダイヤモンド社から出版されたのは1984年のことだ。以来、論壇、歴史家、経営学者、戦争経験者からは明瞭な反証がなく、知識層を中心に『失敗の本質』は読み継がれている。

・インテリジェンスの組織化を図る

 インテリジェンスを体現する個人、企業、国家は発展するが、インテリジェンスが貧困な個人、企業、国家は凋落してゆく。したがって発展しようとする組織はインテリジェンスを確立し、共有し、次世代に継承しようとする。

 米国には中央情報局(CIA)、国家安全保障局NSA)、連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省(DHS)がある。ちなみにCIAの「I」はインテリジェンスであるから、本当は中央諜報局と訳すべきだろう。英国には秘密情報部(SIS)、保安部(MI5)、政府通信本部GCHQ)、国防情報本部(DIS)などがあり、ロシアには連邦保安庁FSB)、対外諜報庁(SVR)がある。韓国には国家安全企画部があり、日本では内閣情報調査室公安調査庁、警察がある。

 公式的にはこれらの組織がインテリジェンス活動を行うが、興味深いのは各国とも、これらの公然インテリジェンス組織をインフォーマルに緩やかに結ぶ、あるいは超越する非公然の自己組織的ネットワークを持っていることである。

 国別に見ると、戦争経験、帝国経営経験、植民地支配、知を尊重する気風、コモン・ロー(自然法)の伝統、産学官連携などにより、専門機関レベルでは英国のインテリジェンスが他国を凌駕しているとされている。